ゼアの秘話
「ほらよ。…これで大丈夫だろ」 ゼアは彼らしくないぐらいの満面の笑みを溢しながら、粗暴な手つきで大きな野良犬を自分の手から離した。 三日間年老いた彼の怪我の手当てをしてやった。 後は、その寿命を信じるだけだ。 「…たく、俺は獣医じゃねぇっての」 何度も立ち止まっては振り返る彼の姿に苦笑しながら、ゼアはぼそりと溢す。 やがてのそのそと動いていた後姿が見えなくなってから、大きく溜息を吐いた。 (…生きろよ、俺様が助けてやったんだから) 言葉には出せずにそっと心の中で吐き出す。 彼の唇は優しげに口角を少しだけ上げていた。 やがて冬がやってくる。 フィーゼ島の冬。 本島唯一の島医者であるゼアが一番忙しくなる季節だろう。 あの世に向かう人間が多くなる時期なのだ。 急激に低下した気温の中で人間は体調不良を起こし、機能低下が著しい年寄りなどはすぐに召されてしまう。 ゼアは頭を抱えながらも、必死に救いの手を求める彼らに出来る限りの応対はした。 口は乱暴極まりなかったが、ゼアが一生懸命に死という死に向き合う人間だからこそ、誰もが彼を信頼している。 しかし、その信頼こそがゼアには重荷だった。 島民が彼を信じ、厚情を持ってくれるのは嬉しい。 だが、その全てに答えられるほどゼアは完璧ではない。 人の死というもの、いや全ての死というものには必ず完全なる死というものがある。 それは寿命だったり、運命というものだったりするものかもしれない。 ゼアは神様ではない。 だから、救えない命というものもあるのだ。 「先生、息子を…息子をどうか助けてください…っ」 嘆く中年の女性にゼアは言葉を失った。 ただ一言、彼が唇を動かして紡いだ言葉…。 「…すみません」 彼らしくない弱々しい言葉だった。 涙を溢す彼女に何と返せばいいのか、助からない命を自分はどうすればいいのか…。 ゼアはいつも一人っきりの闇に捕らわれてしまう。 孤独がずっしりと重い呪いを繰り返す。 「先生だけが…唯一、先生だけが…この僕の救いです」 (…ちげぇよ、馬鹿野郎が) 「…僕によくしてくださるのは…もうこの島で先生だけですから」 (うるさい。…そんな顔するから、俺はただ見捨てられないだけなんだ) 「…ありがとうございます」 「――――…っ」 がたんっと音がして、気がつくとゼアは椅子から立ち上がっていた。 目の前にいた通院患者であるクライシスが驚いたように目を見張っている。 「…どうか…されましたか?」 「…いや、違う」 (何が違うんだ、俺は…) 「…お前は…、お前は俺がいなくても生きられるはずの人間なんだ。言っとくが、俺は救ってるんじゃない。俺は、お前の生命力を…助けてやっているだけなんだ!わかったか?!」 「…はい、わかっています。…ありがとうございます」 「―――っだから!」 「手助け、本当に感謝しているんですよ」 クライシスは有無を言わさない満面の穏やかな笑顔でゼアに微笑んだ。 もうその時にはゼアは吐き出す言葉が見つからず、顔を真っ赤にして椅子に座り込む。 いつか彼の診療所にもきっと新しい風が吹き抜けることだろう。 彼がそっと目を細めて見つめるような…そんな眩しい風が…。 |
ありがとうございましたv ゼア先生の秘話でしたー☆ クライシスさんもひっそり登場(笑) ゼア先生の秘話ってあったっけ…とか悩んでしまいました(告白) えへへ、何も考えずにばーっとかいちゃったって感じがしないでも…ないです(吐血) それでもゼア先生好きさんに気に入っていただければいいなぁと願っております♪ |
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