ラグナの秘話
(実は一度だけ、…たった一度だけ、彼女と会話したことがあった…) 「…グナ、…ラグナ!!」 透き通ったような音色の偉そうな声がラグナの耳に届いた。 「…なんですか、リリアトス様」 安眠を妨げられたラグナは不機嫌極まりない声で返答する。 「こら!今日は俺の妹の誕生日だということはわかっているだろう?」 「…えぇ」 幼いラグナは5歳も年上になるはずの少年よりも落ち着いた様子で曖昧な返事を返した。 「…ふ」 リリアトスはそのラグナの様子ににんまりと微笑む。 彼は15歳という年のはずだったが、その割にはどこか子供的な悪戯っぽい笑顔を浮かべることが多かった。 …今回のもその笑顔である。 「…お前に願いがある」 (…命令、だろ) ラグナは密かに心の中でつっこみながら、渋々と耳を傾けた。 リリアトスは周囲にいるだろうと想われる大人たちの耳に届かないようにすごく小さな声でラグナの耳元で囁く。 それはラグナの感じていた通り、難解な命令だった。 ――ラグナがリリアトスに仕えることになったのは8歳の頃だった。 いや、その時は気まぐれな王子が拾ってきた捨て猫程度にしか思われてはいなかったし、ラグナに剣の才能が有って、誰よりも頭が良く優れているときづかれる前までは、使えていたというリリアトスに世話をされていたといったほうがいいだろう。 大陸の戦火から島国民を護るためのフィーゼ島王国王の永久中立国表明。その時に同行したリリアトスが砂漠で行き倒れてラグナを発見した。その戦争に巻き込まれ、行き倒れていた小さな子供がラグナだったのだ。 実際、ラグナがリリアトスの騎士として――フィーゼ島王国の騎士団へと入隊したのは、それから一年経ってのことであった。 見る見るうちにその内面に光る才能を開花させた人間。しかし、そんな彼も命を救ってもらったという恩が有るため、リリアトスには頭が上がらない。 (はぁ…、全く) 顔には出さずにラグナは心底深い溜息を胸の中で吐き出した。 リリアトスの願いというのは、妹の誕生日に渡すプレゼントのことだった。 彼の話では本島より少し離れた位置にある小さな離島にお使いに言ってきて欲しいとのこと。実はその離島には腕のいい木彫りの老父がいて、生まれて一年の妹の為に可愛らしい木彫りの姫人形を頼んでいたらしい。それは国王や王妃などには内緒で頼んだため、こっそりとラグナに取りに言ってきて欲しいというのだ。 「…了解」 ラグナは落ち着き払った声でリリアトスの顔を見ずに小さく返答した。 離島には想ったよりも早くついた。 (これなら間に合いそうか…) ラグナは日の傾きを眺めながら、古小屋の扉を軽くノックする。しかし、暫く待っても返答はなかった。 もう一度…、と思い、ラグナが手を動かした瞬間、後ろから慌てたような幼い音色が響く。 「わ、だめ、ダメです、おじいちゃんったら、寝ているところ起こされると、すごく機嫌が悪くなっちゃうんです!」 後ろを振り返ると、淡い桜のような桃色の髪を二つに束ねている女の子が立っていた。彼女の両手には洗濯物が一生懸命に納まっている。 「…私は、注文していたものを取りにきただけなんだ」 「…あ!はい!あのお人形の…!!えっと、私がお持ちしますね…!待っていてください!」 女の子は慌てた様子で笑うと、扉を静かに開け、そのまま姿を消した。ラグナが外で暫く立ち尽くして待っていると彼女は息を切らしながら戻ってくる。 「…はぁ、はい!こちらですよね!」 満面の笑顔で嬉しそうにラグナに小さな包みを手渡してくれた。 「…ありがとう」 ラグナがその笑顔に戸惑いながら受け取ると、彼女は気づかずにラグナと包みを交互に見回している。そして、何か思い出したのか慌ててポケットに手を突っ込んだ。 「…、そ、そうでした!それからこれ…!」 黄色い小さな布。 ラグナは思わず無言でそれを見つめる。 「…あ、えーっと!!お客さんにプレゼントですv」 にっこりと微笑む女の子はまたとても嬉しそうな笑顔だった。 「…何故?」 「え?…あぁ、これお客さんにはいつも注文の品と一緒に渡しているんです。幸運を呼ぶ、黄色い布。魔よけにもなるんですよ?」 ラグナの疑問に彼女はけろりとした表情で答えると、見かけには似合わない強引さでラグナの手に布を押し付けた。 「…木彫りのお人形、とても素敵な注文ありがとうございました…v私、おじいちゃんが作ったもの、全部好きだから。そんなに素敵なものを注文してくださった貴方に感謝してるんです」 幼い音色だったが、その芯はしっかりとした言葉付きだった。 「…いや、私は…」 ラグナは彼女の言葉に『注文したのは私ではない』と答えようとして、言葉を詰らせる。嬉しそうな彼女の満面の笑みが示す答えを理解しながら、言葉は喉の奥で止まったままぴくりとも微動だにしなかった。 「……心遣い…、感謝する」 そして思わずそう続けてしまう。 「…はい!こちらこそありがとうございましたv」 沈みかけた太陽の紅色の光を受けながら、彼女の笑顔は光を反射する水面よりも眩しかった気がした。 (…唯一の、自分の中の秘密) ラグナは自分の一部分だけ長い髪を束ねている小さな布に手を伸ばす。 黄色い布の感触がはっきりと指を通して感じられた。 …結局、あの時…あの日、王子に手渡す事のできなかった『注文してくれた礼』のはずの黄色い布。 すっぽりと手に納められてしまったその布をどうしても手放す事ができなくて、ラグナはずっと自分の身につけていた。 肌身離さず、大切にして…。 『幸運を呼ぶ、黄色い布。魔よけにもなるんですよ?』 幼い可憐な音色が何度も甦る。 「ラグナさん、頑張ってください!私、応援していますから…!」 それと似た響きを持つ音色が珍しく焦っていたラグナの背中に投げかけられた。 (…いや、似ているのではなくて…) ラグナは振り返って、心底安心したような穏やかな笑顔で振り返る。 (君の為に、今日、勝利しよう…) 彼女に決して告げられぬ秘め事。 (その勝利は君が呼んでくれた幸運。…そして、この胸に秘める想いは、君が呼び覚ましてくれた幼き頃淡い恋心…) ラグナの心はやがて満ち足りたような気持ちで溢れかえっていた。 (そう…それは俺の初恋だったのだ) これから一生、きっと彼はその秘め事は明かすことはないだろう。 なぜなら、そうしなくても彼女は側でいつでも彼だけの為に、あの幸せそうな満面の笑顔を浮かべてくれるのだから… |
これぞ秘話ですか?(笑) えへへ、何故かラグナ氏、気合を入れた一話でした(ぇ) 何故か一番長くなってしまったような(遠い目) 何故だろう。 もしかしたら、心の中で彼のことを愛しているのかもしれない(咳き込み) …うーん、如月、もしかしたら、ラグナ氏好きなのかなー(ぉぃ) 何故か妙な愛情を注いで見ました…vウフフ☆気に入っていただけたのならば、嬉しいですよ〜vv |
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