イクスの秘話


彼が『金』というものに執着を持ったのは、いつからだっただろうか。

長い付き合いのジョルジュは、軽い溜息を吐き出しながら、カウンターで酔いつぶれたイクスの肩に毛布をかけてやった。
ピクっと、眠っているイクスの眉が不愉快そうに動いたのを発見し、一瞬ジョルジュはヒヤリとする。
彼に優しさを見せると、彼はすぐに不機嫌になってしまい、へそを曲げるのだ。

『ジョルジュ!貴様、俺を子供扱いするなっ!!』

初めて出会った時から、そう言われてしまったのを思い出す。

イクスは、一晩で地図上から消滅した、カルイリジ王国の出身者だった。
軍事兵器の開発を任されていた、イクスは、地下深くに研究所を持っていた。

若年の天才。

彼を知る者は、そうイクスを評価していた。
利己的で、皮肉好きな彼を良く思っている者は少なかったが、実力があった分、彼の横柄な態度に辟易しながらも、皆我慢してついていく。

だが、そこで問題が発生する。

ちょうど、カルイリジが、隣国ギリアを攻めるか攻めまいか、第一王子シーリアをギリアの第一王女レイカと結婚させ、そのまま国ごと乗っとるかを会議していた頃。

魔女が暴走した。

古代魔女ニヴァ。
死者を操るとされている、三人の古代魔女の内の一人。

カルイリジでも上層部以外には、秘密裏にされているため、その研究の詳細を知る者は少ない。
そして、魔女が暴走し、かつての力を取り戻した上で、自らを侮辱したカルイリジ王国を一晩で、大地から消し去ったため、その研究が行われていたという事実を知るものも、ほぼ間違いなくいないだろう。

だが、イクスはその唯一の生存者だった。
いや、もう一人、重要な人物が生き残っていることをイクスは知っている。

カルイリジ王国第一王子シーリア。
なんと彼は、たまたまギリア王国に親善大使という名で、婚約を確定させようと向かっていたため、無事でいるのだ。
彼の側近である、竜騎士タナーザも無事だという話しだ。

「……まぁ、向こうはまさか俺が生きてるなんて思ってもいねぇーだろうけど?」

迷いの森の入口付近で、自分の過去を語っていたイクスは、肩を竦めた。

「で、本当に魔女と契約する気なんですか。イクス殿」

「当たり前だ。ジョルジュ、お前、俺が何のためにここまで時間を費やしたと思っている。
……魔女が世界を再び混沌にすることを願うなら、俺はその望みさえも自分の金にかえるだけだ」

……その言葉は今も鮮明に思い出される。
ジョルジュはふぅっと、今度は深い溜息を吐き出した。

窓の向こうを見ると、夜空の闇の上で、チカチカと無数の光が己の存在を主張している。

イクスがどこまでこの後の歴史を予想しているかなんて、ジョルジュにはわからない。


「……でも、お金を集めて……貴方は、一体何から逃げる気、なんでしょうね」


世界が終焉を迎える日、彼は一体どこに行こうとしているのだろうか。

ジョルジュの疑問は、眠っているイクスの胸には届かなかった……。
イクス秘話です。
なんと、カルイリジ王国出身でした(笑)

シーリアもあまり、彼の父親の研究については、深く知らない人間なので。
イクスが唯一の、魔女ニヴァの手がかりであることが、今はまだこっそり裏の話だったりします。
また次の物語の扉が開くまで……。
どうかお待ちくださいませ。

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