ナガレの秘話

あの夜のことは、鮮明に覚えているつもりだった。
ナガレは暗闇の中、たった一人で座り込んでいる。
ずっと。

そう、ずっとだ。

永遠と呼ばれる時間があるなら、それはまさにこの瞬間を表す言葉だろう。
ナガレは目の前に倒れている自分の亡骸をずっと見つめていた。
人間であったそれは全身血まみれで、匂いのしない暗闇の空間にさえ異臭を立ち込めるほどだ。
そう、その死体をぼうっと眺めているナガレは、人の形を止めているものの、とても不安定な存在だった。

あるものは幽霊と呼ぶのかもしれない。亡霊とでも。悪霊とでも。化け物とでも。
なんでもいい。彼の相応しい言葉はたくさんある。

寂しくて泣き出しそうな表情のまま、彼は座り込んでいる。
すっと。

そう、ずっとだ。

死体が腐敗して、何もかも土に還って。骨が乾いて、それもまた風化しても。
ナガレはただずっとその場所で座りつづけていた。
魂と物質を繋ぐ鎖があるとすれば、まさにそれだ。
彼はその場所に縛り付けられているに違いなかった。
遺体がいくら見えなくなってしまっても、そこに存在していた魂は消えるはずがなかった。
天国へも、勿論地獄へもいけず、現世に残ってしまった魂。

あるものは地縛霊と呼ぶかもしれない。他にも名付ける名があればそれは彼にとって相応しいものだろう。

――あぁ、桜が咲く季節になったか…

急にナガレは微笑んだ。
土の上に桃色の花弁がそっと重なったのだ。
ナガレが座り込んでいた場所は大きな桜の木が一本ある場所だった。
今、暗闇は消えうせ、急にその景色の中に退き戻る。その景色は彼の記憶の中に宿る一番安心できて、優しい場所だった。
いや、もしくは魂が一番引寄せられる切ない記憶の場所…。

『ふふ、ここにいたのね』
女の声がした。
綺麗な桃色の着物を羽織った美人だった。すっとした一重の瞼も、賢い彼女には似合っている。
歳を考えれば、可愛らしいといって方が褒め言葉だとは想うが、決して彼女は可愛いわけではなく、綺麗な美人といった方が似合う女性だった。
歳よりもしっかりとしたその整った面立ちは、彼女の内面よりかも強い芯を誰にも植え付けさせた。
そう、ナガレは知っていた。その内面はとても弱く、すぐに壊れてしまう脆い存在だということを。
見かけとは違う、弱い女性。それが彼女だった。

そして次の瞬間、過去を見せている空間は急に景色を一気に夜へと変化させた。
当たりは火が燃え落ち、桜の木以外は紅蓮の炎に包まれている。
その光景の中で、薄桃色の花弁たちが炎の風に乗り、漆黒の闇を泳ぐ。
美しい景色だった…。

『…どうして…』
女は口端から血を垂らした。
それと同じ赤体液がナガレの持つ、刀身をすっと流れる。
ナガレの手に生温い彼女のそれが触れた。
仕方がないことだった。

――許せ、聖園(ミソノ)…っ

この桜の木の下にくるまでにもナガレは何人もの男たちを殺めていた。
ナガレの信じ付き従った主は、悪政に耐え切らず、帝を斬った。
そして、その帝の一族は根絶やしにすることをナガレたちに命令した。
だから、仕方がなかった。
聖園は帝の叔母である三条園院の三番目の娘だった。

『…私を連れて…どこまでも逃げてくれるもの…と信じていました…のに』

聖園は涙を浮かべながら、ナガレに微笑む。

『やはり、…男の方は…出世が…大事なのですね…』

その時、ナガレの中で何かが崩壊した。
瞼を完全に閉じてしまった聖園の身体を強く抱きしめながら、ナガレは泣いた。
泣き続けた。
それがせめてもの彼女への供養だった。

しかし、何かが壊れたナガレの心への供養は何もなく、この世にはもう何も残っていなかった。

愛する女性を殺して出世し、自分に一体何が残ると言うのか?

誰も答えを返してくれないまま、ナガレは刀身を自分の咽に突きつけた。
真っ直ぐに貫く。
紅の血が温泉の原水の如く、湧き始めた。
口から漏れ、首から漏れ、それでもナガレの意識は暫くあった。

――そう、これでいい。これで…

苦しい、苦しくて早く死にたいと願うその状況で、ナガレはもっと長くその苦しみを味わいたかった。
味わって味わって、地獄へ落ちようと想った。
桜の花弁が舞う。

さらさらと…
さらさらと…

『…苦しみを望むなら…私の分も』

その時、桜の大樹がそうナガレの言葉をかけた。
その瞬間、ナガレは永遠の牢獄を受け取ってしまったのかもしれない。
燃え移った火に悲鳴をあげた桜の精。
その目の前で咽を自ら突き刺した男。

…契約は成されたのだ…。


少し長くなってしまいましたが、ナガレくんのお話でした☆

いかがだったでしょうか…?!(ぇ)
如月は情景を上手い事描けず、少々苦労しました。
美しい漆黒と紅色…そこに舞い散る薄桃色の白花弁の映像。
暗闇に踊り狂う炎も、それに煽られ舞い散る桜の花弁も本当に美しいんだろうなと想います。
それが皆様の頭の中に想い描ければ幸いですが…。
ナガレくんがどうして風の精霊になrってしまったかという話…でした。






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